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ろ過の話(その1)〜ビート糖製糖技術の歴史と現在〜

2020.12.15カテゴリー:ろ過の知識

夏が終わる頃になると忙しくなる工場があります。ビート(甜菜)から砂糖を作るビート糖製糖工場です。ビートは寒冷地で育つので、国内では北海道でのみ8工場が稼働しています。
世界的に見ても、ドイツ並びにフランス北部、ベルギー、オランダ、ポーランド、ウクライナ、ロシア、北欧各国、カナダそしてアメリカ合衆国の五大湖周辺と多くは寒冷地に立地し、同じ様に冬を中心とした3~6か月に限り工場が24時間稼働しています。

 

そもそもドイツの化学者アンドレアス・マルクグラーフが、1747年に、それまでサラダの材料でしかなかったビーツにサトウキビの甘味成分と同じスクロース(蔗糖)が含まれていることを発見し、その弟子のフランツ・アッシャールが砂糖として製品化する技術を確立するまで、甜菜が砂糖の原料になるとは誰も思っていませんでした。
ビート糖製糖がヨーロッパ北部を中心に瞬く間に拡大した背景には、ナポレオンの脅威に直面したイギリスの「大陸封鎖」があります。
当時英国のブリティッシュ・シュガーはリーフ・フィルターの一種であるバレーン・フィルターやオート・フィルターといったろ過器により、サトウキビを原料とした砂糖の精製技術を確立して砂糖製造の工業化に成功し、ヨーロッパの砂糖需要を一手に引き受けていました。
大陸封鎖により砂糖の入手が困難となったナポレオンは、大陸側での砂糖需要を満たすためにビート糖製糖工場の建設を奨励したわけです。

 

ビート糖の製糖工程は、大まかにはサトウキビを原料とした製糖工程と同じです。短冊状に裁断したビートにお湯を加えて煮沸し糖分を抜き出した原液に、石灰乳と炭酸ガスを吹き込んで出来る反応生成物の炭酸カルシウムに夾雑物を吸着させて糖液を抽出するのが前段、その糖液をろ過して清澄化するのが後段です。
ドイツ発祥の技術では、前段の炭酸ガス泡充後夾雑物を沈殿させ糖液を取り出すのにキャンドル・フィルターが使用されています。一方英国の技術ではリーフ・フィルターがポピュラーです。
キャンドル・フィルターはバグフィルター集塵機を液体ろ過に転用したような構造で、円筒形のろ布の上部から糖液を吸引し、逆洗圧をかけてろ布表面の夾雑物を付着させた石灰マッドを剥離・沈降させます。

 

キャンドル・フィルター
キャンドル・フィルター

 

さて、1808年にポリッツとスペンサーという二人の兄弟によって創業された世界で初めてのろ過布の専業メーカーP&S Filtrationは、ブリティッシュ・シュガーが開発したろ過器にろ布を提供することを目的として設立されました。(2005年まで、マンチェスター郊外のランカシャー県ロッセンデール町ハスリンデン地区にあった社屋の玄関にはブリティッシュ・シュガー社の最初の注文書が額に入れて飾られていました。200年前の注文書です。)
合成繊維がなかったこの当時、ろ布の材料は綿と羊毛でした。サトウキビを原料とした砂糖製造では、上記のように搾った原糖を加熱し石灰乳を加えて不純物を取り除いた原液を濃縮してから更に原液を清澄化していくろ過工程がありますが、ポリッツとスペンサーは、前段の不純物の分離の所で、中が空洞になっている綿糸の特徴を生かして通液量の増加を促し、後段の清澄化の工程で起毛している羊毛の特徴を生かして細かな夾雑物の粒子の捕捉を可能にしました。

 

1950年代にナイロン、ポリエステル、ポリプロピレンなどの石油由来の合成繊維の製造が盛んになり、ろ布に於いてもコストや寿命の点で合成繊維の優位性が示されることになります。更に、モノフィラメント、マルチフィラメント、ステープルスパンと合成繊維ならではの糸の種類の豊富さが、従来からの平織、綾織、朱子織など織り方の多様性と合わさることにより、使用目的やろ過器の特性に応じた様々なタイプのろ布が製造されることになりました。

 

 

フィルタープレス
フィルタープレス

 

リーフフィルター
リーフフィルター

 

ビート糖製糖に話を戻します。
染料顔料製造と並んでビート糖製糖ではろ過器が製造工程で大きな役割を果たします。炭酸泡充後のキャンドルフィルター、炭酸泡充後に沈殿した石灰マッドから糖蜜回収をするフィルタープレス、キャンドルフィルターから抽出された糖液を濃縮して更に清澄化するダネック・リーフ・フィルターの3つのろ過器です。

 

弊社では、キャンドル・フィルター用には、ドイツ、プッチ社のシックニングフィルターの純正品としても使用されている縦糸横糸ともポリプロピレンのステープルスパン糸を使用したドイツ製のシームレスろ布を、フィルタープレス用には縦糸横糸ともポリプロピレンのモノフィラメント糸を使用したドイツ製並びに米国製のプレスクロスを、そして、ダネックリーフフィルター用には縦糸横糸ともポリプロピレンのステープルスパン糸を使用した封筒状ろ布をご利用頂いています。