コラム

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ろ過の話(その3)〜フィルタープレスの歴史とろ布〜

2021.01.13カテゴリー:ろ過の知識

加圧ろ過の代表的な装置としてフィルタープレスがあります。

 

板とろ布を使用して液体を絞り出すフィルタープレスの原型は、椿や野バラの油を絞るために使われた紀元前の中国の殷の時代(=商王朝)に遡ると言われています。その後、この様な原初的な搾油器や搾汁器は世界各地で見られ、主に食用油やワイン製造などに使われ、日本でも、酒袋にもろみを入れて積み重ね上から厚い板で押さえつけて日本酒やしょうゆを絞る道具がつい最近まで使われてきました。(そこからLaroxタイプの縦型フィルタープレスの開発に結び付かなかったのは残念ですが。。。。。因みに、強力な圧搾機能で有機汚泥の含水率を20%以下に低下できる唯一のろ過器であるLaroxタイプの縦型フィルタープレスは、旧ソ連時代のウクライナの大学教授が発明し、そのライセンスを、フィンランドのLarox、ドイツのHoesch、日本の月島機械が購入した歴史があります。LaroxもHoeschもいまはOutotecに買収されてしまい、月島機械も装置そのもの(ウクライナ・フィルター)の生産を止めてしまったようですが。)

 

Outotec

 

そうした原初的な道具から、木製或いは鉄製のろ板と枠を交互に並べ、枠にろ布をかけて枠の中に脱水ケーキを形成するという機械装置として普及したのは産業革命を切り開いた19世紀初めのイギリスです。当時は主に食用油の搾油器として使用されていましたが、転機となったのは石炭採掘の廃土を捨てたボタ山の泥の脱水でした。

 

産業革命の原動力となった蒸気機関にはボイラーの燃料として大量の石炭が使われたためイギリス各地で炭鉱が開発されました。石炭採掘には石炭以外の泥などを洗い流す大量の水が必要で、その洗浄工程から生じる大量の不要な泥、砂利などは山間部の谷間に溜められていました。ある年例年を超える降雨がありダムの様に溜められていた廃土の山が決壊して麓の村に大規模な土石流として襲い掛かったことで多くの犠牲者が出ました。それ以降残土処理= clay tailには脱水が義務付けられ、フィルタープレスがたちまち普及することになった訳です。

 

Filter press

 

しかしながら、フィルタープレスが今日の様に発展することになったのは、実は1959年に大阪の栗田機械製作所が世界で初めて単式ろ板と全自動フィルタープレスを発明にしたことに由ることは世界中で認められているところです。

 

単式ろ板とは、それ以前の枠と板を交互に並べ(複式ろ板)枠の中に脱水ケーキを作るものだったのに対し、ろ板を削って凹みを作りそこに脱水ケーキを形成する仕組みに変えたもので、枠を不要としたのです。

 

単式ろ板

 

従来の複式ろ板では、ろ板を開いて脱水ケーキを落とそうとする際に枠が邪魔するため1枚1枚作業員が棒でケーキを突き落とす必要があったのですが、枠を無くしたためにケーキが自重で落下することが出来、ケーキ落としの作業員を必要としない自動運転が出来るようになったのです。

 

それ以降、フィルタープレスの作業サイクル、即ち、ろ板を閉じる➡原液を注入する(ろ過する)➡ろ板を開く➡ケーキ落下、という一連の流れが自動化されることになりました。

 

そこから更に自動化を追求しようと、ケーキ剥離を確実にするために、ろ板を開いた時にろ布を上下に走行させたり(Lasta Press)、ろ布を叩いて振動を与えたり、スプリングで跳ね上げてショックを与えたりといった様々なケーキ剥離の装置が生み出されていくことになります。

 

日本では、自動運転のためのケーキ剥離装置が次々と開発されていったため、「ケーキ剥離は装置の仕事」という考えになりましたが、装置化にそれほどマニアックではなかった欧米では、「ケーキ剥離はろ布の仕事」という考えが普及し、縦糸に摩擦係数の少ないモノフィラメントを使用し、且つそのモノフィラメントがケーキとの接触面に沢山出る朱子織のろ布が数多く考案されました。

 

今でも、日本においては縦横ともマルチフィラメントを使用したろ布が圧倒的多数を占めていますが、ヨーロッパではモノ/モノ、モノ/マルチ、モノ/ステープルなど縦糸にモノフィラメントを使用したろ布が多数を占めるようになっています。

 

フィルタープレスのろ過性に問題があるようでしたらお気軽にご相談下さい。